第52回 現代建築セミナー

講師

ドミニク・ペロー(建築家)

テーマ 「建築のしなやかな解放」
会場 2003年9月2日
リサイタルホール(大阪)
2003年9月4日
有楽町朝日ホール(東京)

メタル・ファブリックへの取組み

数年前に東京のTNプローブで展覧会と講演をしたときのテーマは"建築と自然"でした。今日は私の考えの軌跡を、プロジェクトを通してお話したいと思います。
私は常に自然を意識していますが、同時に第2の自然である景観、そしてマテリアルを大事にしてきました。特に近年はメタル・ファブリックという素材に注目しています。10数年前のパリの国立図書館のプロジェクトで研究を始めました。床・壁・天井などに使え、耐力性、耐錆性、経年性、通気性などを備えた素材として探した結果、国立図書館では天井のエレメントや照明のシェード、カーテンなど装飾的に使いました。しかし、当時はまだ建築分野では使われてなくて、専らフィルターやコンベアーなど工業素材として、目に見えないところに使われていました。

ベルリンのヴェロドローム 1998

自転車競技場・水泳場の屋根・外壁をメタル・ファブリックでカバーしました。ここでは建物を建てるのでなくランドスケープを生み出し、そのなかで建築を消滅させることがコンセプトでした。建物を地下17m埋めることで、屋根が地上と同じ高さになる。そこにカーペット状のメタル・ファブリックをアッセンブルすることで光沢をもちさまざまな表情に見える建物を創出しました。

ナント郊外のアプリックス社工場 1999

非常に規模の大きい33,000m2のマジックテープ製造工場です。フランスの田舎の環境を破壊をしないで建築を景観に融合し、消滅させるため、工場の大きなスケールを三宅一生のプリーツのように細かく景色を映すことで、見る人の視点を取り入れ、景色を建築の延長線上につなげました。

ヴェニシューのメディア図書館 2001

図書館は壁もフェンスもないパブリックな空間であることが根本です。いわば街の広場です。外からはクローズされて不透明で、内側からはシースルーで街がパノラマのように見える建物です。透明、不透明が併存することで、そこにいる人々がそれぞれの視線を感じ、建築の教養がなくても、それに近い体験を可能にします。ここまではメタル・ファブリックを"ティッシュ"と表現しています。

ピノー財団現代美術館 2001

安藤忠雄さんが入選したコンペ案です。ドイツのメーカーとメタル・ファブリックをいろいろに試行錯誤して使ってきましたが、底流には"固いもの"という意識がありました。工業製品ほどの精密さは必要ないのですが、固さについてはどのプロジェクトでも基本的に必要なことでした。しかし、それがこのプロジェクト辺りから変化してきます。固さでなく洋服のような"しなやかなメタル・ファブリック(ドレープ)"への変化です。しなやかさで建物を包み込むというコンセプトは、オブジェをその形にしたがって梱包するという、クリストとは少し違います。実用的で機能的な箱の組み合わせの本体に対して、外皮としてメタル・ファブリックを地面まで張り巡らせることで、ふわーっと包み込み、本体との間にヴォイドな空間を生み出します。建物の内外in-betweenの都市性のあるパブリックな中間領域として、新しいランドスケープを創出します。ウエディングドレスからもヒントを得ました。がっちりした箱から、建築と人が共鳴し合い、一人一人のものであり得るという、生き生きとした建築へと変容させてくれます。しかし面積が50,000m2と大きく、膨大な金額になるため、しなやかな建築を幾何学的に分節していくことで実現範囲に近づけました。

中国中央電視台(CCTV)新本社ビル 2002

レム・コールハースが入選したコンペ案です。権威を感じさせない公的な建築が可能か、文化を語り、社会を体現する建築を公共公園の中という敷地にいかにふさわしくデザインするか、がテーマでした。ヴォイド空間がコンクリートや鉄と同様にマテリアルになり得る、メタル・ファブリックを使って透過性のあるもので包み、そのヴォイド空間で建築を生み出すことでした。街のひとつのモニュメントとして250m高さの山をつくり、南西面にメタル・ファブリックの20×20mぐらいの日傘を植えます。水平の大きなアトリウムのロビーの上にいろいろな機能の施設を積み重ね、山の斜面の木々のように日傘に覆われたロビーがいくつも現れます。

ラス・テレジタス・ビーチ 2000~2006

アフリカ西岸沖のスペイン領カナリア諸島のテネリフェはヨーロッパの保養地。そのひとつの海岸の再開発計画で国際コンペ入選作。完成は2006年の予定。観光の中心地から離れた砂浜と削り取られ丸裸の丘の要塞跡が敷地で、そこにもう一度、当初の山の地形や丘を甦らせ、自然と文化の再構築を図るという計画にしました。自然を保護しつつ500室以上のホテルや大駐車場、レストラン等を整備するために、細かな集落状の建物群とした施設を建て、全体を大きなメタル・ファブリックのカーテンで覆います。各施設にはテラスが突き出し、カーテン越しにすばらしい景色が見えます。メタル・ファブリックはここでは植物のサポートにもなり、さまざまな草花がこれを伝わって成長します。視線を遮るのでなく、常春のパラダイスを享受するために、太陽光や風から守られながら、外の自然が透かして見えることが主眼です。

メタル・ファブリックによる家具や照明器具

イタリアのデザイン会社と一緒に、建具や照明器具など、さまざまなオブジェをメタル・ファブリックを活用してデザインしています。
例えばホテル用に開発したポータブルランプで、茶漉しフィルターのようにメタル・ファブリックを被せたリング状の照明器具を好きなところに掛けて使えるというものです。
細かい髪の毛ぐらいの太さのメタル・ファブリックを使ったシェードもあります。原価は非常に高価ですが、工場ではねて捨てる部分を使うことで可能になるというものです。
メタル・ファブリックから少し離れますがスペインの家電メーカーと共同開発した「エコ冷蔵庫」で、発生する熱を利用して冷蔵庫の脇に温室をつけ、ハーブなどの家庭菜園にするというアイディアです。

インスブルック市庁舎 2002

歴史的な街の中心に現代建築を挿入しています。街のあちこちにアーケードが現存しています。そこでそうしたさまざまな通路を新しいものと"つなぐ"ことがコンセプトです。市庁舎だけでなくホテル、ショッピングセンター、駐車場を含む開発で、街がコンペを主催し、民間開発で事業が進められたものです。ここでも建築を消去する手法を採用していますが、既存の街のなかに消去しているので、オープンな敷地に建つものとは異なります。

インスブルックの複合ビル開発 2003

工事中の欧州の司法裁判所の長さが700mある非常に大規模な拡張計画です。ここは単なる裁判所でなく、それぞれ異なる欧州各国の憲法からヨーロッパの憲法をつくっていくところです。これまでEUの諸機関はばらばらに存在していたためEUの統一したイメージが定着しなかった。ここ30年で欧州連合は15カ国から25カ国に拡大している。そうした事実を踏まえ、歴史を尊重しつつ、1973年からの既存の施設群の外側にリング状に増築する計画としました。回廊でつなぐことで、ここに働く2000人のコミュニケーションの場を確保します。一種の修道院のような構成ですが、包み込み、重ね合わせて、それ自身のランドスケープをつくり上げていきます。タワー棟を2本建てて、そこには現在ですでに600人いる翻訳者、同時通訳者が入ります。こここそ欧州連合という、ほかにふたつとない建築にしたいと考えました。最も古い錆びついたメタルの外装の裁判所棟、次の増築部分はピンクの花崗石の外装、そして今回は陽極酸化アルミの金色の外装です。ヨーロッパ最高の裁判所としての表情を表現しました。

ルクセンブルグの欧州裁判所拡張計画 2003~2007

工事中の欧州の司法裁判所の長さが700mある非常に大規模な拡張計画です。ここは単なる裁判所でなく、それぞれ異なる欧州各国の憲法からヨーロッパの憲法をつくっていくところです。これまでEUの諸機関はばらばらに存在していたためEUの統一したイメージが定着しなかった。ここ30年で欧州連合は15カ国から25カ国に拡大している。そうした事実を踏まえ、歴史を尊重しつつ、1973年からの既存の施設群の外側にリング状に増築する計画としました。回廊でつなぐことで、ここに働く2000人のコミュニケーションの場を確保します。一種の修道院のような構成ですが、包み込み、重ね合わせて、それ自身のランドスケープをつくり上げていきます。タワー棟を2本建てて、そこには現在ですでに600人いる翻訳者、同時通訳者が入ります。こここそ欧州連合という、ほかにふたつとない建築にしたいと考えました。最も古い錆びついたメタルの外装の裁判所棟、次の増築部分はピンクの花崗石の外装、そして今回は陽極酸化アルミの金色の外装です。ヨーロッパ最高の裁判所としての表情を表現しました。

マドリッドのオリンピック用総合スポーツセンター 2002~2006

2012年のオリンピック開催地選に立候補するための、首都マドリッド南郊のマンサナーレス公園の総合スポーツセンター計画です。この計画は"マジック・ボックス"と呼んでいます。高速道路や鉄道が走り、低所得層の住宅やごみ処理施設等があるという、郊外特有の土地にあります。市の戦略として、パリのサン・ドニと同様な地域再生のきっかけにしようという意図がありました。マジック・ボックスが建ち、テニスのグランドスラム大会、サーカス、さまざまな講演、新製品発表等、いろいろなイベントに使われることで、それを可能にしようということです。真四角な全体の塊のなかに3つの競技場を収容し、それぞれの屋根は開閉でき、屋内・屋外両方のイベントができます。池をめぐらせ、そこにかかる2つの橋も設計しました。新たにつくり出すランドスケープの上でダンスを踊るような橋です。外壁も屋根もメタル・ファブリックで覆い、太陽光線や雨、風から適度に守り、空気を通し、2万人を収容します。メタル・ファブリックは外からは不透明で、内部からは透けて見えます。IOCも使い勝手の多様さを評価したようです。しかし単に多様・多目的というのでなく、この場合は各施設が使い方や機能の変化に伴って変貌し、その変貌が目に見えるということです。

サンクト・ペテルスブルクの新オペラ劇場 2003~

マリンスキー劇場として名高い建物の増築で、国際コンペ入選案です。ロシアではル・コルビュジエのソヴィエト・パレス、つまり1931年以来、初めての国際コンペです。ロシアは文化的に開かれた国であることをアッピールする大きなイベントでした。歴史的な街の中心に位置しています。新オペラ座を街のシルエットのなかに内包してアイデンティティをもたせることが私のひとつのテーマでした。既存のマリンスキー劇場がすでに街のシンボル、モニュメントだから、それと連続したシルエットとして、ロシアの典型的なドームや教会建築をデフォルメし、金色の繭golden cocoonのなかに取り込んでいます。繭は有機的ですが、幾何学的な造形で成立しています。より機能的で、より経済的、より合理的にオペラ座を構築すること、できるだけコンパクトで効率のいいもの、そして箱と繭の間の空間をできるだけ多くつくり出すようにしました。金色の繭はドレスか帽子のようなもので、オペラ座のすべてでなく、ホワイエ、ミュージアム、レストラン、カフェ、テラスといったパブリック部分のみをカバーしています。水平、垂直の両方向にパブリックスペースはつながり、長い冬に人々が憩える場所を街の中心につくり出します。従来の文化施設の多くは、すばらしい建物にもかかわらず、だれもがそこに入って憩うことができませんでした。ここでは、地上レベルだけでなく、上階のバルコニーに上がれば街の景観が一望のもとに眺められるのです。

ここでもメタル・ファブリックのデザインを基本に設計しています。アルミパネルは固い外皮で雪にも強く、光を通し、街の景色を枠取ることもできます。オペラ座内部は絵画的手法を採用しました。一般的にオペラ座は天井画が描かれますが、ここではすべての内装をひとつの絵画にしてしまう、つまり天井も椅子も壁も床もすべてをスクリーンにして画像を映し出します。離れてみると具象的な絵に見え、近くで見ると抽象化する、人々が座席につくとその情景が具象から抽象化します。古典的なオペラ座を参照にしつつ、そこに集う人たちが場面の中心になるように意図しました。

最後に

新オペラ座はロシアの文化省がクライアントです。しかし、芸術監督であり、指揮者であるワレリー・ゲルギエフが実質上の責任者といえます。団員もすべてクオリティの高い人々です。これらすべての人々が力を合わせてオペラをクリエイトしています。したがって、このプロジェクトにおけるクライアントとアーキテクトの対話は、オペラのクリエーターと建築家という二人の交流を通して制作していくことになります。ただ単に設計依頼があって、それを受けてデザインするだけという関係でなく、私がこれまで携わってきたのは、たいへん好運にも、すべてむずかしいけれど、こういうものをつくりたいというはっきりとした意識や目的をもったクライアントの仕事がほとんどでした。パリの国立図書館のミッテラン大統領もしかりです。どのプロジェクトにも、そうしたクライアントとの出会いがあり、目標があり、制作のプロセスを分かち合うことができてきました。大変幸せなことだと感じています。長時間のご清聴ありがとうございました。(拍手)