第54回 現代建築セミナー

講師

デイビッド・M・チャイルズ(SOM(Skidmore, Owings, & Merrill))

クレイグ・W・ハートマン(SOM(Skidmore, Owings, & Merrill))

ムスタファ・K・アバダン(SOM(Skidmore, Owings, & Merrill))

テーマ "Light and Shadow, recent explorations at SOM"
「光と影 SOMの新たなる模索」
会場 2004年7月21日(東京)
2004年7月22日(大阪)

はじめに

小林

アイカ現代建築セミナーで3人の講師は今回が初めてです。ニューヨークからチャイルズとアバダン、サンフランシスコからハートマンが参加しております。SOMは1936年設立で、オフィスビルを中心とする作品の多い正統派の設計事務所というイメージがありますが、今日はそれぞれが担当している最近作を紹介しながら、SOMの人間的側面を感じ取っていただければ幸いです。

Ch

今日は現在進行中の私たちの仕事を4つのカテゴリーに分け、SOMの歴史的な作品と比較しながら紹介していきたいと思います。
つまり70年前の創設当時からの理念に忠実であり続け、グループとしての実践のあり方を継続していくなかで、どのように設計界のリーダーであり続けられたかをお話ししたい。 スキッドモア、オーイングズ、メリルにバンシャフトを加えた第1世代、ブルース・グラハムやウォルター・ネッチの第2世代、エイドリアン・スミスや私ぐらいまでが第3世代、そしてハートマンやアバダンは第4世代です。
今日の話は(1)Urban Responsibility/都市への責任(2)Spatial Exploration/空間の探求(3)Surface Exploration/表層の探求(4)Modern Typology/近代的タイポロジーの4つにまとめています。SOMは歴史的にこれらの価値観を貫きつつ、社会の変化・進化にしたがって革新を繰り返しています。建築におけるダイナミズムについても、対象のもつ動きの探知からさらに発展して人間と対象物間の力学的な関係へとシフトするというように、新たなデザイン戦略を生み出しています。例えば、リチャード・セラの彫刻作品のもつダイナミズムをニューヨークのペンシルベニア駅舎計画に反映させています。
ここからは過去の作品と現代のプロジェクトを並べながら4つのカテゴリーで8つのプロジェクトを説明します。

(1) Urban Responsibility/都市への責任

Time-Warner Center

Ch

まず、都市に対する責任です。歴史的な建物は1961年完成のニューヨークのチェイス・マンハッタン銀行ビルで、経済の中心というだけでなく、ゴードン・バンシャフトがイサム・ノグチと協働した公共プラザという結果が残されています。
タイム・ワーナーセンターはセントラルパークの西南角に完成したばかりです。重要な都市の一角にあり、責任重大な計画です。格子状の街並みを斜めに突っ切るブロードウェイとコロンバスサークルに面した2ブロックの区画整理の再開発事業で、エレメントのもつダイナミズムはここでしかあり得ない解決をしています。機能的にも住宅、ホテル、オフィス、文化施設、CNNのスタジオ等も含み、低層部の商業施設は周辺環境と一体化し、建物そのものが都市になっています。

Tokyo Midtown Project

歴史的作品は1980年代はじめのサウジアラビアのジェッダに建つコマーシャルバンク本部で、モダンでありながら地域性も強力に反映した作品です。
三井不動産の進める六本木の防衛庁跡地再開発計画で、SOMにとって初めての東京でのプロジェクトです。垂直に展開する都市ですが、都市間の対話を中心に計画しています。建物だけでなく、周辺環境のもつ禅寺的な雰囲気も反映させたいと考えました。また、マッスとスキンの違いをリチャード・セラとドナルド・ジャッドの同じぐらいの体積の彫刻作品から受ける違いを参考に、質量と軽やかさの特性を分析しました。水平・垂直の広がりを検討するなかで、辟易するほど日本の日照権に精通しました。周辺への影響以外にも太陽光線の入り方、影の出来方などからスキンそのものが日除けになるような使い方を追求しました。ここからアバダンに引き継ぎます。

Ab

日除けによる暑さ防御についていろいろ検討し、日本の格子や障子の概念をタワー棟のスキンに取り入れて、ダイナミックな建物になっています。帆のようなガラスのスクリーンが垂直方向を強調して立ち、竹細工のように編みこまれており、太陽の動きで変化します。いくつかある建物を隈研吾、青木淳、坂倉等とパートナーを組んでDNAを共有してやっていき、調和のとれたエキサイティングな六本木のシティライフが実現することを目指しています。

(2) Spatial Exploration/空間の探求

San Francisco International Airport

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空間の探索として構造との関係をみていきます。歴史的な事例はゴードン・バンシャフトのメッカのHaj Terminalです。メッカへの巡礼の重要な基地となる空港で、また輸送のハブ空港でもあり、空港の形態も時代とともに進化している役割を担ってもいます。
航空機の発達によって、長い滑走路が必要になり、空港はますます都心から離れざるを得なくなっています。1990年代にサンフランシスコは環太平洋のアジアへ向けての玄関口としての空港ターミナルコンペが催され、都市の延長上にターミナルを配置し、都市を貫いて流れる川にかかる橋のように2つのキャンティレバーの屋根をもつ建物を提案しました。埋没部分をできるだけ少なくしています。空港はさまざまな文化的背景の人たちが使うため、直感的に動線が把握される必要があります。明快な屋根形態による大空間がこれを実現しています。もうひとつのテーマは光の導入です。コンピュータモデルの分析を通して、機能を損なわず方向性を見失わずにできるだけ光を導入する方法を模索しました。天井のデザインが決め手になりました。光の彫刻家ジェームズ・カーペンターと協働し、これには大きな天蓋状の900フィート長さ、90フィート高さの西に面する空間に適切に光が入ることを目指してアルミパネルとガラスで構成しています。ここでは光と同時に影も重要な役割を果たしています。

Christ the Light Cathedral

光のすばらしい先例として、1954年に完成したコロラドの空軍アカデミーの一連の建物のなかに光のすばらしいチャペルがあります。アメリカの切手にまで採用されています。 この伝統を受けて、光をテーマとして目下デザインしているのが、サンフランシスコ郊外オークランドのローマン・カソリックの聖堂です。伝統的な光の重なりでなく21世紀にふさわしい光を追求しています。オークランドは民族的にもさまざまな人が住み、自然と都市が融合する街です。その北端に位置し、周辺のコミュニティとの流動的な関係を中心に庭園を南に配置し、聖堂には強いフォルムを付加します。魚が2匹上下逆に泳ぐ姿、星雲の姿などからイメージできる、2つの球体が少し重なって合わさる形になっています。大きく天井部分を開け、木造の40mの球体の一部が壁を構成し、まるで光のタペストリーのような、ガラスのヴェール状の外装で覆います。1年後に着工、3年後に完成予定です。

(3) Surface Exploration/表層の探求

Memorial Sloan-Kettering Research Bldg.

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都市に対する責任、空間の探索に続き、次は表層の探索です。伝統的にSOMのプロジェクトでは表層のデザインを重要と考えてきました。エンドユーザーが未確定な場合は汎用性が求められます。また、特定のクライアントの場合は特徴的な表層が求められます。
1952年に完成したマンハッタンに建つレヴァーハウスはSOMだけでなく建築界にとっても画期的な作品で、本格的なガラスのカーテンウォールがはじめて出現したのです。最近カーテンウォールを解体して再生し、変更されていたところは元に戻す修復工事がチャイルズを中心に進め、完成したばかりです。
私たちは、この透明性に着目して新しいプロジェクトを進めています。ニューヨークに建つ癌研究施設で、敷地が狭隘なため、垂直方向に伸びる建物となり、新しいパラダイムの美意識が必要になりました。10年後の研究内容の変化に対応できるフレキシビリティを確保するため、研究やサポート機能がいかにゆるやかに絡み合うかが計画のポイントです。そのヒントを生き物の細胞に求め、細胞に含まれる遺伝子情報をプログラム、それを包むメンブレインをアイディアを掘り下げる出発点としました。研究棟はガラスで覆っていますが通路部分は透明で、研究部分はさまざまなパターンのシルクスクリーンによって日射をコントロールします。また東側では主にオフィス空間のため、十分に陽射しを取り入れる工夫をしています。

John Jay College of Criminal Justice

伝統的な作品は1954年完成の5番街に建つManufacturers Hanover Trust銀行です。従来のクラシカルな銀行とは異なる、すべてを外部に明らかにしてみせるという、新しいあり方がみごとに実現しています。金庫まで道路から丸見えなのです。
それを現代に応用したのが、マンハッタンの、さきほどのタイム・ワーナーセンターの西側にある刑法専門家養成機関の建物です。一見規則的に見えるが、それぞれ異なる特性をもつブロックで形成されているマンハッタンの街のグリッドと、モンドリアンの絵画をインスピレーションのもとにしています。具体的な裁判を実地に訓練するためのミニ裁判所が上階で飛び出しています。つまり、本来的な機能を建物外部に思い切ってさらけ出すことで、司法の透明性を表現しています。外装のカーテンウォールに垂直方向のフィン状の3次元的要素を付加して、周辺の既存建物とこの建物の透明性の橋渡しをしています。

(4) Modern Typology/近代的タイポロジー

中国・吉林省の複合タワー計画

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シカゴのシアーズタワーを可能にしたのは、多分野にわたる専門家の力、この場合は建築家のブルース・グラハムに構造のカーンといった力を結集できたからです。先細りの上階を、いくつか組み合わせた形の下階が支えるという構造です。
吉林省の計画は、都市計画家や構造家などと協働した革新的なプロジェクトのひとつで、80階建てのホテル、住宅、オフィスから構成するタワーです。4つのねじれたチューブを組み合わせたタワーで、下から床面積の大きなオフィス、中央の住宅部分は外部に面する面積を大きくとり、上階はホテルで中央のアトリウムのまわりに適度に外部に接するという平面になっています。ねじれている部分とフラットな部分を組み合わせるとなかなか透明な建物になりにくいのですが、最も効率いい斜めの組み合わせの形態になりました。また、資源の利用を最少化するため、耐震性に対して少ない素材で有効に働くピンフューズのジョイントコネクターを考案し、特許をとりました。

World Trade Center/Tower One=Freedom

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最後のプロジェクトを紹介するための参照作品は、ひとつはシアーズタワーなどとともに都市のスカイラインの形態を探索した1968年のシカゴのジョンハンコックセンターで、もうひとつは1980年代初頭完成のRuck-A-Chucky Bridgeで、交差するケーブルで支えられた橋自体がまわりの場所の特性を活かした美しい造形は、フリーダムタワーのイメージの源泉になっています。
さて、グラウンド・ゼロのフリーダムタワーです。まずはじめに敷地周辺のコンテキストを歴史的に検証し直しました。19世紀には半分まだ海だった敷地が20世紀はじめにほぼ陸地になり、1960年代には現在のような区画の土地収用ができています。いかにもニューヨークらしいグリッドと斜めの道路の構成で、東西の道路も埠頭に物資を運ぶために比較的広い道でした。敷地中央を南北に貫くグリニッジ・ストリートがハドソン川の元の護岸線です。12ブロックに初期の電気産業がほとんど集まっていましたが、これを排除して世界の金融の中心をつくり出したのです。スーパーブロックの出現でしたが、ニューヨークの街並みからはずれ、すべての道を通せんぼしてしまい、寒々しく、好んで人はアクセスしないエリアになっていました。9.11の後、実は光や風がここに戻ったのです。ここにニューヨークらしい光に満ち、歩行者の目線に立った軽やかな都市を作りたいと考え、クライアントのシルバースタイン氏を説得して、槇文彦、ジャン・ヌーベル、ノーマン・フォスターらが担当して、それぞれユニークな建物ができることで、総体としてニューヨークらしい街並みになることを目指しました。敷地の地下にはエネルギーセンターや何本もの地下鉄が走っています。グリニッジ・ストリートを街並みのなかに復活させるため、建物を西に寄せた場合のすべてのインフラの整合性を1年間かけて検討しました。
建物はダイヤ型のブレース構造で、丈夫でありながらテンションにも強い構造とし、上層階ではガラスもなく質感をなくして雲のなかに消えていくように考えました。下階から、まずインフラ設備、公共の商業施設等、文化施設、追悼空間、オフィス棟という構成でマスタープランをまとめました。これは偶然ですが、最終選考に残ったコンペ案とほぼ同じでした。敷地北西部にフリーダムタワーを立ち上げ、上層階をすぼさせ、グリニッジ・ストリートに向けてねじることで、敷地のもつ特性に呼応させた独特のフォルムが生まれました。ねじりによって、ハドソン川からの風が風力発電として利用できることも分かりました。コアはコンクリートで、大きな避難経路を確保しています。ダイヤ状のグリッドで上部のケーブルグリッドにつながり、張力で引っ張りあげ、アンテナにいたるという構造です。今後10年をかけて建設していきます。

まとめ

Ch

SOMの70年の歴史のなかで、何世代もかけてその伝統を積み重ね、引き継ぎ、それぞれの価値観を建築をベースに理解し合い、協力な設計集団を維持し、有能な若手を育ててきました。特に決まった様式はありませんが、モダニスト、インターナショナル・スタイルから、現在は都市をデザインするという意識で、クライアントのニーズに合わせて個別にプログラムを模索しています。

質疑応答

Q
質問1:アメリカの文化は開拓者精神にあると思いますが、環境的視点から煌煌とした夜景が少し異質に感じられる。新しいイメージの夜景があるのではないかと思う。
A

Ch:インフラから考えると水平に広がった都市は非効率的で、垂直都市のほうが効率がいいのです。街によってはヨーロッパのように水平が基本のところも多い。アメリカでは環境に対する意識はヨーロッパやアジアほど高くなく、配慮が少ないと思います。環境配慮が補助の対象になるなどの政策もなく、利益回収に結びつかないため、ディベロッパーの意識も高くなかった。しかし、アメリカでもようやくその問題に直面しつつあり、エネルギー効率のよい建築計画は必然になってきました。建築だけでなく、都市そのものの再検討も重要です。私たちが追求する、さまざまな機能が交じり合ったハイブリッドタワーが生き生きとした24時間都市を実現してくれるはずです。

Q
質問2:中国のプロジェクトは構造の考え方や内部機能の配分など、たいへん興味深い。フリーダムタワーと中国のタワーが同時に進められているが、構造的な側面以外に、地域の特性、つまり中国らしさやニューヨークらしさについてはいかがか。
A

Ch:社会、経済、その都市の文脈などに基いて計画しますが、ニューヨークはずっと昔からタワーが建てられてきた都市でダウンタウンのタイポロジーからもずっと簡単でした。ニューヨークだからこそ彫刻的な形態が可能なので、他の場所では違ってきます。ニューヨークでは人の動きと安全性の問題も重要な要素です。

Q
質問3:中国のプロジェクトは構造の考え方や内部機能の配分など、たいへん興味深い。フリーダムタワーと中国のタワーが同時に進められているが、構造的な側面以外に、地域の特性、つまり中国らしさやニューヨークらしさについてはいかがか。
A

Ab:歴史的な作品を参考にするからといって、決して制約にはなってない。建築のボキャブラリーも進化しているが、SOMは社風や独自の文化をもっており、すべてのプロジェクトに共通しているテーマがあるからこそ、歴史的な作品がReferenceになり得るのです。

Q
質問4:いくつかの建物による群の構成や外苑東通りの顔などについて、六本木プロジェクトの街とのかかわりについてお聞きしたい。
A

Ch:かつての計画では、中心施設を建てることで、その周辺が変革していくという手法でしたが、わずか200年のアメリカでも歴史的な価値を理解しはじめているので、その場のもつ文化や歴史を大事にしつつ、新しい文脈をいかに導入するかが計画のポイントになります。Time-Warner Centerでも街のグリッドや敷地の関係を容認しつつ新しいイメージを追及しました。

Ab:六本木の場合はグリッドと同時に、敷地周辺の輪郭、特に少しカーブする外苑東通りなどとの関係を基本に計画を詰めていきました。群としての建物相互の関係や人の動きから、マスタープランから少しづつ変容するなかで、やはり東京らしさが付加されてきたと思います。

小林:それぞれの文化がある土地で謙虚に計画しつつ、積極的に新しい建築を創り続けていくというSOMの絶えざる創造活動の一面が垣間見れたと思います。今年10月25日から2週間、代官山のヒルサイドフォーラムでSOM作品展を開催する予定です。こちらもご覧いただければ幸いです。本日は長時間のご清聴ありがとうございました。(拍手)